視力低下の人の大部分は、近視または軽度の乱視によるものです。眼鏡やコンタクトレンズを煩雑に感じる人も多いでしょう。近視が手術で治ると聞けばこれ幸いと飛びつく人もあるでしょう。
最近、近視矯正手術とかレーシックと言う言葉を聞かれる方も多いと思います。宣伝ではなく、近視手術がどういうものか良く知って頂きたいと考え、お知らせしたいと思います。
<1>近視手術の流れ(歴史)
近視を手術で治療しようとする試みは、1940〜1950年代に日本で始められ(佐藤手術)ましたが、術後数年で角膜が白く濁る水疱性角膜症という難治の合併症が多数出現したため、日本では近視手術はされなくなりました。ところが、1970年に、旧ソ連でフィヨドロフという人が、少し方法を変えて、角膜の前面を放射状に切開して近視を治す手術を始め、爆発的に欧米で行われました。日本では以前の経験から一部の施設のみで行われましたが、やはり手術時の角膜穿孔、手術後の角膜混濁や感染などの合併症が認められ、最近ではあまり行われなくなりました。こういった手術は、直接角膜にメスを入れる手術でした。
これらの手術に変わって登場したのがレーザーを使っての手術です。1985年頃よりエキシマレーザーを使って行うレーザー角膜切開術が開始され、日本では1993年より臨床試験が始まり、1998年から角膜混濁などの病気に対する切除が認められ、2000年から近視に対する手術が認められるようになりました。これは角膜中央部を、レーザーを照射することによりすりばち状に切除する手術です。痛みを伴う欠点があり、さらに進歩したレーシックと呼ばれる手術が考案されました。
<2>レーシック手術について
さらに手術法が進歩し、角膜の上方をカンナのようなマイクロトームで切開して、内側の角膜実質そのものにレーザー照射を行うレーザー角膜切除形成術(laser in situ keratomieleusis:LASIK)が行われるようになりました。これをレーシックといいます。レーシックでは術後の痛みはほとんどなく、近視の矯正の精度も格段に向上しました。今では、レーシックが近視矯正手術の代表的なものになっています。レーザー屈折手術は、アメリカでは、1990年には10万件が実施されて、その10%がレーシックでしたが、1995年には95万件が実施され、その80%以上がレーシックでした。日本は、近視に対する手術には慎重なため、アメリカの数年あとを追いかけています。
レーシックでは、術後の裸眼視力が0.5以上が85%を超えるようになっています。
<3>レーシック手術の問題点、合併症
手術は完全なものではなく、数%〜10数%の症例で何らかの合併症が起こります。精度は向上したものの、矯正量の過不足や、術後の見え方のあざやかさの低下や夜間視力の低下を起こす症例があります。見え方の質としては、コンタクトレンズや眼鏡によるものと同程度です。
もう一つの問題点は老眼のことです。すべての人は40代半ば頃より老眼になります。軽い近視の人は、老眼になっても、近くは老眼鏡なしでも割合よく見えるので、正視や遠視の人に比べて日常生活を送る上では便利です。若い時に、近視手術を行い、裸眼視力が1.0にまで改善した人は、年齢とともに近くが見にくくなり、老眼鏡が必要になります。そのため、軽い近視の人で3D(3D=3ヂオプターという屈折度の単位)以下の人には、手術のよい点、悪い点があることをよく理解して頂きたいと思います。
<4>近視手術のガイドライン
近視があるからといってもすべての人が手術の対象になるわけではありません。日本眼科学会では安全で有効な近視手術のために、次の基準(ガイドライン)を設けています。
手術適応は、眼鏡やコンタクトレンズの装用が困難な人(眼鏡やコンタクトレンズがうまくいっている人は手術をする必要はありません。美容は少し理由になります。)で、20歳以上(成人するまでは近視の進行があり、度数が安定しません。)で、手術の問題点、合併症について十分な説明を受け、納得し、かつ以下の項目のいずれかに該当する方です。
2D以上の不同視(左右の眼鏡度数が違う)
左右の近視の度数が異なると、眼鏡などで矯正しても像の大きさが違うので、両眼を一緒に使うことができず、遠近感等が悪く、頭痛などを起こします。
2D以上の角膜乱視
像がぼやけて見えてしまう。
3Dを超える屈折度の安定した近視
中等度以上の近視。軽度の近視では、遠くもある程度見えるので、手術の必要性が低く、手術をしてしまうと、将来老眼になった時、手術しないでいた時よりも不自由を感じるようになってしまう。
6Dまでの近視
6D以上のさらに強度な近視の場合は、術後成績が安定しないため、近視手術を行うかどうかは、十分な医学的根拠が必要になります。その他、円錐角膜など他に病気がないか、角膜内皮細胞は大丈夫か、角膜の厚みは十分あるかなど多くの検査をして問題ないか十分に調べる必要があります。
近視手術は、熟練した眼科専門医が治療にあたることになっています。手術を受ける施設が、十分熟練した眼科専門医のいる施設であることも大切です。
<5>費用について
現在のところ、検査、手術、術前術後の管理を含めて、すべて自費です。健康保険はききません。両眼で40〜50万円ぐらいが相場です。
<6>最後に
医学の進歩で新しい手術術式がどんどん開発されてきています。しかし、合併症は皆無とはいえず、角膜混濁や術後感染などで重篤な障害を残す方もいます。誰もが40歳代を過ぎる頃から老眼になります。手術をして遠くがすっきり見えるようになると、老眼の世代になると近くが見えにくくなってきます。この点を十分に考えて、また、術後の裸眼視力が100%満足できるものではないこともよく納得して、手術を考えてください。
(参考文献:特集 屈折矯正手術 眼科43:353〜394,2001)